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礼拝へのお招き 牧師 山脇久治
神戸の沖合に神戸空港ができました。何機もの飛行機が離発着しています。
飛行機にとって空港は、エネルギーの補給所であり、整備してまた出発していく、
いわばオアシスのような所です。
教会も心のオアシスです。礼拝に出席することによって、
あなたの心に神様からの御言葉のエネルギーが与えられ、
疲れも癒され、心が整えられて、また新しい一週間のフライトに飛び立っていくのです。
教会に来られ、しばし世の喧騒から離れて静かに「神の声」に耳を傾けてください。
何か得るものを見いだされることでしょう。
礼拝はクリスチャンだけが行くものだと思っていらっしゃる方が多いのですが、
決してそうではありません。
私たち人間は、天地を創造し、私たち人間を愛して下さる創造主なる神様を礼拝することによって
心が強められ、励まされ、明るく一週間の生活に出発していけるのです。
あなたも、ぜひ、一度礼拝にお出かけ下さい。
心からお待ち致しております。
飛行機にとって空港は、エネルギーの補給所であり、整備してまた出発していく、
いわばオアシスのような所です。
教会も心のオアシスです。礼拝に出席することによって、
あなたの心に神様からの御言葉のエネルギーが与えられ、
疲れも癒され、心が整えられて、また新しい一週間のフライトに飛び立っていくのです。
教会に来られ、しばし世の喧騒から離れて静かに「神の声」に耳を傾けてください。
何か得るものを見いだされることでしょう。
礼拝はクリスチャンだけが行くものだと思っていらっしゃる方が多いのですが、
決してそうではありません。
私たち人間は、天地を創造し、私たち人間を愛して下さる創造主なる神様を礼拝することによって
心が強められ、励まされ、明るく一週間の生活に出発していけるのです。
あなたも、ぜひ、一度礼拝にお出かけ下さい。
心からお待ち致しております。
賢い人と愚かな人 主任牧師 山脇久治
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| マタイ7章24節〜29節のたとえ話は、イエス様の語られたメッセージです。 |
| これは、主の語られたみことばに対して、人々がとらなければならない態度 |
| について語られたのです。 |
| 誰でも理解できるようにたとえを用いられました。 |
| 日曜学校の子どもたちでもよくわかるように語られました。 |
| 今回の地震によって多くの建物が全壊いたしました。 |
| 理由は色々あるのですが、どんな所に建てられていたかによると言われます。 |
| 地質的には岩盤の上にでなくて、湿地帯で軟弱な所だったというのです。 |
| イエス様は私たちに、揺るぐことのない岩の上に家を建てなさいと言われます。 |
| それが、賢い人だと言われます。 |
| 砂という柔らかい建てやすい所に家を建ててはならないとすすめられます。 |
| 両方の家はどちらも見るからに立派に見えたと思います。 |
| 岩の上に建てるためには大変な労力や費用が必要だったでしょう。 |
| ルカは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えた家を建てた。 |
| しっかり建てたと記しています。 |
| 愚かな人は、土台なしに地面に家を建てたというのです。 |
| なんでもない時、両者の違いは分りません。 |
| 嵐が来るときに、地震が来るときに、その違いが現れるのです。 |
| 思わない時に、突然の人生の嵐が、地震が来るのです。 |
| 何が起こっても、倒れない賢い人になりなさいと主は言われます。 |
| すべての人に訪れる最も厳しい嵐、地震は、神のさばきの前に立つときです。 |
| 神の審判の嵐にあなたは倒されて、永遠の滅びに行きますか。 |
| 主は、あなたの人生のどんな嵐も地震にもびくともしない岩の上に人生を打ち |
| 建てることを勧めておられます。 |
| それは、イエス様のみことばを聞き、そのみことば通りに従う生活をする時、 |
| 私たちはどんなことが起こっても揺るがない人生を送ることができるのです。 |
| あなたも、ぜひ、神のことば、聖書のことばをお読み下さい。 |
| 教会はあなたの来会をお待ちしております。 |
明石教会の集会案内
私たちの教会は明るく楽しい教会です。あなたもぜひおいでください。
心に安らぎが与えられ、教会とはこんなに楽しい所だったのかと思われるでしょう。
教会は皆さんのための教会です。あなたのおいでを心から歓迎いたします。
楽しい賛美と聖書のお話を通してイエス様を知ります。
子育てでお悩みのお父さん、お母さんぜひおいでください。
Jワンについて詳しく見てみる
共に賛美してメッセージを聞き、恵みの時を過ごします。
初めての方も歓迎いたします。
こども礼拝 Jワンのページ
心に安らぎが与えられ、教会とはこんなに楽しい所だったのかと思われるでしょう。
教会は皆さんのための教会です。あなたのおいでを心から歓迎いたします。
■ 第一礼拝 日曜日 午前9時〜10時(Jワン礼拝)
幼児から小学生までと、子育て中の父母の礼拝です。楽しい賛美と聖書のお話を通してイエス様を知ります。
子育てでお悩みのお父さん、お母さんぜひおいでください。
Jワンについて詳しく見てみる
■ 第二礼拝 日曜日 午前10時30分〜12時
一般の方々(中学生以上)の礼拝です。共に賛美してメッセージを聞き、恵みの時を過ごします。
初めての方も歓迎いたします。
■ 第三礼拝 (ろう者礼拝) 日曜日 午後1時30分〜3時00分
ろう者の方々が手話で神を賛美し、みことばを聞きます■ リバイバル礼拝 木曜日 午後7時30分〜9時
祈りに答えられる神様に心を一つにして祈ります。どうぞ祈りたい方お越しください。
■ アガペーグループあり
現在、西新町、藤江、魚住、土山、明石で集会を持っています■ あなたの人生のよい出発を美しいチャペルで
結婚式を希望される方は教会にお尋ねください。こども礼拝 Jワンのページ
Jワンの2006年
当教会へのアクセス
● 教会の地図 ●
地図をクリックすると大きなサイズで見ることができます。

→ Googleマップで教会周辺地図を見る
→ 印刷用の地図もあります
印刷用の地図を見るには、Adobe Reader(無料)が必要です。
アドビシステムズのウェブサイトより入手が可能です
● アクセス ●
・電車
山陽電鉄 西新町駅下車後、北西へ徒歩7〜8分。改札を出て左の出口を出る。
駅前の2号線の高架下をくぐって、北へ歩く。
次にあるJRの高架下を超えて100mほどで、左手に交番があるので左折。
ほどなくある交差点で右折すると、左手に十字架が見え教会があります。
2階入り口よりお入りください。
・バス
JR 明石駅下車 北4・5バス停から 車庫前行に乗り 「王子バス停」下車後、南東へ徒歩3分ほど。バスを降りて左手に少し歩き、3本目の道を右折して南へ歩きます。
(次の信号とバス停のちょうど真ん中あたりの道です)
次の交差点で右側に十字架が見えて角に教会があります。
2階入り口よりお入りください。
・マイカー
第二神明玉津インターチェンジを明石方面に出た後、175号線を南下。2号線との交差で左折、2号線に入り東へ。ここから1km弱で教会です。
右手にセブンイレブンのある交差点を左折。
右手に病院(王子回生病院)がある交差点で右折。
200mと少し直進すると、十字架が見えて右側の角に教会があります。
・駐車場、駐輪場、少数あります。(週末は大変混雑します)
673-0022 明石市王子2丁目5−6
TEL: (078)928-2606 FAX: (078)924-0844
明石キリスト教会
山脇玲子牧師

1933年大阪市生まれ。母親がクリスチャンであった為、幼少時より聖書に親しみ
祈りを教えられ、中学2年生の時イエスキリストを罪からの救い主と信じてクリスチャンとなりました。
中央聖書神学校を卒業後、伝道者、牧師婦人として、又現在はホザナ幼児園の長としても聖書を解き明かし伝道の働きに従事しています。
山脇久治主管牧師

1931年、神戸市生まれ。生きる目的を失い、すべてが空しくなり真理を求めていた時、
宣教師の語る聖書のメッセージを聞いてイエスキリストを救い主と信じ、
新しく生まれ変わりました。18才の時です。
中央聖書神学校を卒業して東京の志村キリスト教会で3年、仙台神召教会で8年、
そして現明石キリスト教会の牧師となって38年となります。
イエス様を伝えることに生涯を捧げ、本物の愛を深め広げることを追い求めている、熱い牧師。
家族は現在、玲子夫人と二人暮し。子どもは一男三女ですがそれぞれが独立して、
立派なクリスチャンとして活躍しています。
山脇主管牧師のあかしを読む
秋のハイキング 2006
敬老会 2006年9月
オンギジャンイ公演2005
RK 2006夏
Jワンでのいろんなこと
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Jワンでは、いろんな行事をしているよ。。
楽しいことがいっぱいあるよ!
そして、大切なことをいっぱい教えてもらうよ。
毎週日曜日朝の9時から
きみの来るの待ってるよ!
2007年Jワンお餅つき大会![]() |
お日様ポカポカ、お餅ホクホク![]() |
よいっしょと!!![]() |
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ま〜るく、ま〜るく!![]() |
Jわんの先生ありがとう![]() |
親子でお手伝い!![]() |
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教会の台所で準備![]() |
はい!それっ!![]() |
がんばるぞ〜![]() |
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わたしもがんばるよ!![]() |
ぼくはきなこで![]() |
おいしいで〜す!![]() |
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2007年新中1年生歓迎会![]() |
いくぞ〜![]() |
アハハ、いいぞいいぞ![]() |
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ツイスターゲームするよ![]() |
うまくぐれよ![]() |
押さないでくれぇ〜![]() |
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これが!!罰ゲームか![]() |
やだぁ〜![]() |
はい!完成〜![]() |
クリスマスコンサートのご案内 〜 かぎりなくやさしい歌がここにある 〜
クリスマスコンサートは無事終了いたしました。130名近い方々がご参加くださり大変恵まれた時を持つことが出来ました。感謝いたします
どうぞ、お越しください。
コンサート後、2階多目的ホールにて茶菓の用意をしておりますので、ごゆっくりしてお帰りください。
12月23日(土)
午後1時30分〜3時30分
明石キリスト教会にて(地図を見る)
● ゲスト プロフィール ●
米田浩司 Hiroshi Yoneda
1972年4月10日生まれの34才。愛媛県松山市出身。16歳の時に引きこもりになり、6年に及ぶ精神的葛藤を経験する。9年前から音楽活動を開始。ギターを抱えて全国各地の教会、施設、居酒屋、ライブハウスなどを巡り、オリジナル・ソングを歌う。長いトンネルを歩んだ経験からつづられる歌は、癒し系で聴く人の心に不思議な安らぎを与えて入る。また、引きこもりから立ち上がったその体験談は、多くの人の励ましになっている。
5年前にアルバム「心の扉」をリリース。収録曲「神様の贈り物」はロサンゼルスの日本語テレビ放送で主題歌としてオンエアされた。」現在、セカンドアルバム「Testimony」をリリース。活動の場は米国、韓国、ヨーロッパなどにも広がっている。
ノースウェスト・バイブルカレッジ(ワシントン州)を卒業。葡萄の木国際フェローシップ教会(カルフォルニア州)宣教師という肩書きを持つ異色のアーティスト。「引きこもりは風にのって」をクリスチャン新聞に連載中。
米田浩司さんのウェブサイト 米田ひろしミニストリー
● 米田浩司さんのヒューマンドキュメンタリー ●
今でこそ日本は心の病の時代と呼ばれ多くの方々が何らかの形で精神的な病を抱えていると言われている時代になっている。米田さんは今から18年前、当時16歳の頃、まだ"引きこもり"という言葉が認知されていなかった頃に引きこもり状態になった経験がある。肉体的にも、精神的にも開放されるのに、それから6年の期間がかかった。その6年間というのはいつまでも晴れない曇りの空の下をうつむいてあるくような憂鬱な日々を送っていた。
高校野球が盛んな愛媛県に生まれ、プロ野球選手を夢見る野球少年として育った。高校1年生の時、練習中の事故がもとで、左目にけがをする。以来、原因不明の頭痛、肩こり、背中の痛みに悩まされ、野球が続けられなくなって退部。数ヵ月後、高校も退学した。自分なりに人生を賭けていた目標が突然失われ、喪失感と失望感でいっぱいだった。自分が情けなくて、また、そんな姿を見られるのが嫌で、人目を避けるようになり、気がつけば引きこもり生活に入っていた。
精神的な葛藤は6年間続いた。不規則な生活が原因で自律神経に狂いが生じ、ひどいうつ状態に陥る。胃腸は変調をきたし、食べた物を全部もどしたり、下痢が続いたり、血便がでたりを繰り返す。心の中には、いつ鬱がくるのだろうといつも恐れがあった。そんな生活が2年間続いた。次の2年間は、自分なりに社会復帰を目指した。うつの周期も分かるようになり、調子のいい時にリハビリを兼ねてアルバイトをするが、周期的に来るうつのために長続きしない。イライラがつのり、親にも暴力を振るうようになった。追いうちをかけるように、かつての野球部の友人が春の甲子園で大活躍をしているのをテレビで目にする。彼の活躍で、通っていた高校は準優勝をとげた。心はねたましい思いでいっぱいだった。彼はヒーローになり、自分は部屋から出られない。本当に惨めだった。イライラはいつも状況や友人、親のせいにして、目の前の現実から逃げてばかりいた。やがて家庭内暴力はエスカレートし、自傷行為が始まった。
そんな時、大検に合格したのをきっかけに、アメリカに留学する。とにかく今の状況から逃げ出したかった。しかし、アメリカの生活になじめず、ついに重度のうつ病となり、現地で強制入院させられる。帰国したくても日本の実家では思わぬ事件が重なり、帰るに帰れず、アメリカに留まる。しかし、そんな彼を受け入れてくれる大学が現れ、新たな生活が始まる。
そこで、絶望のどん底と思えたアメリカで、彼の人生を変えた出会いが待っていた・・・

現在彼は、引きこもりから開放され、うつ病からも立ち直り、自らが作詞作曲した癒しの歌で音楽宣教師として、「どんな挫折をしたとしても人生が終わりと思わないで。だれでも必ずやり直せる」とメッセージを語り続けている。
ご父兄の皆様へ

子どもたちの犯罪が低年齢化しています
私たちも非常に心を痛めております
私たちはこの解決のために
お友達が、聖書と、聖書の真の神を知ることによって、愛することを学び、
また、聖書によって、何が正しいか、何が間違っているかを教え、
誘惑と罪に満ちたこの社会を、しっかりと生き抜くことができるよう
このJワンの働きをすすめています。

第四日曜日、礼拝後、Jワンスタッフが集まり、
毎回お友達のために祈り、熱い話し合いが持たれています。
初めて礼拝へ来てくださる方へ
1.礼拝について (日曜日 午前10時30分〜11時10分)
礼拝や宗教儀式は、お勤めではありません。
今も生ける神様に向かってよろこんでささげられるものです。
受付の係の人が、聖書と賛美歌(聖歌)を貸してくれて席に案内
してくださいます。
クリスチャンの人が、聖書の 開き方や、賛美の箇所を教えて下さ
いますので、 一緒に賛美や聖書のお話をお聞き下さい。
礼拝は、神様とあなたとが向き合うひとときです。
心を天の神様に向けて周囲の雑念から解放されましょう。
周囲の人とか、現実諸問題からも目を離し、
真実で変わらない救い主イエス様に心を向けて礼拝しましょう。
2.分級について (信徒クラスと初心者クラスに別れます。)11時10分〜12時
(初めてのクラス)では、聖書とは、真の神様とは、人間の本当の姿とは、
聖書が約束する救いとは等を、分かりやすくお話するクラスです。
(イエスと出会うクラス)でお話を聞いていただくこともできます。
すでに、クリスチャンの方は、信徒クラス(栄光クラス)の方で、
聖書のメッセージを聞いていただきます。
中学、高校生、大学生、若者クラス(ビジョンクラス)も、同時に
分級して聖書の話を聞きます。
小さいお子さん方も親子で出席されて、それぞれのクラスで聖書を学ばれることを
お勧めいたします。
3.牧師のメッセージ(説教)について
礼拝のいのち、中心ともいうべきもので神様の言葉、聖書の言葉の
解き明かしです。単なる牧師の生活雑感ではありません。
それですから、「今まさに、神様がわたしに語られる大切なメッセージ」として聞いて
受け入れて下さい。
4.献金について
献金は私たちにすべての必要を満たして養い、守って下さる神様に対し、
感謝と喜びをもって神様に捧げる捧げ物です。
特に、神様の御子イエス・キリスト様によって永遠のいのちを与えて下さった
神様への感謝をもって捧げるのが献金です。
献金は、入場料とか、聴講料とか、お賽銭(おさいせん)ではありません。
また、決して強制ではなく自主的に捧げるものです。
神様は喜んで与えてくれる人を愛して下さいます。
5.礼拝後・・・
教会の兄弟姉妹が声をかけて、話しかけて来ますのであいさつを交わし、
もし、よろしければご自分から積極的に交わるようにして下さい。
静かにそっとして欲しい方は、そのようにお伝え下されば結構です。
6.その他、礼拝でよく使う言葉と意味
「ハレルヤ」 = 主をほめたたえよ。
「アーメン」 = その通りです。
「兄弟姉妹」 = イエス・キリストにある神の家族である兄弟姉妹。
「あがない」 = 代価を払って買い戻す。特に、全人類の罪を赦すために
神の御子イエスキリストが、十字架でご自身の血(代価)
を流されたことによってもたらされた救いを意味する。
救われた喜び 榎本 岩夫
私は明石キリスト教会に導かれたのは昭和29年春の頃でした。日々の歩みの中で何も考えることも無く何となく過ごしている毎日でした。職場にあっても表面に出しませんでしたが何となく憂鬱な毎日を過ごしていました。そんなある日、友人が私のことを気づき一冊の本(聖書)をくれました。そして教会に行くよう進められました。
自宅が教会の近くあり十字架を見上げながら会社に勤めておりました。しかし私の心は固く教会に行くことを拒んでいました。ある日の夜、(日曜日)知らずに教会の門をくぐっていました今思うと神様の導きであったと思います。伝道集会の夜でした何も分かりませんでしたが兄姉の暖かいもてなしと、先生の「良くいらっしゃいました」との言葉に心に安らぎがありました。それからは教会に心が引かれ、ある時、聖書の言葉が私の心に語りかけられました。マタイ4:4イエスは答えて言われた「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と書いてある。このみ言葉によって私は変えられました。
今までは誰からも批判されないで自分の道をしっかりと進んでいく事が私にとって大切であると思っていましたが、もっと自分にとって必要なことは神様のみことばをしっかりと心に蓄えて主に従って行くことを知りました。そして結婚、クリスチャン家庭を建設し、信仰生活を今日まで歩んできました。残されている期間はどれだけか分かりませんが、信仰の創設者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。と語られている主に愛をもって仕えて行きたいと願っています。
自宅が教会の近くあり十字架を見上げながら会社に勤めておりました。しかし私の心は固く教会に行くことを拒んでいました。ある日の夜、(日曜日)知らずに教会の門をくぐっていました今思うと神様の導きであったと思います。伝道集会の夜でした何も分かりませんでしたが兄姉の暖かいもてなしと、先生の「良くいらっしゃいました」との言葉に心に安らぎがありました。それからは教会に心が引かれ、ある時、聖書の言葉が私の心に語りかけられました。マタイ4:4イエスは答えて言われた「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と書いてある。このみ言葉によって私は変えられました。
今までは誰からも批判されないで自分の道をしっかりと進んでいく事が私にとって大切であると思っていましたが、もっと自分にとって必要なことは神様のみことばをしっかりと心に蓄えて主に従って行くことを知りました。そして結婚、クリスチャン家庭を建設し、信仰生活を今日まで歩んできました。残されている期間はどれだけか分かりませんが、信仰の創設者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。と語られている主に愛をもって仕えて行きたいと願っています。
イエス様に変えられた私 船越 武司
私はずっとキリスト教を知らないまま育ったので、小さい時から罪を犯してきました。小学3年の時から盗みをしたり、中学からはツッパリだったのでタバコを吸ったり、酒を飲んだり、夜中遅くまでグループの仲間とブラブラしけんかをしたりして、私の心の中は罪でいっぱいでした。社会人になってから自動車会社に入社しましたが、ロボットみたいでむなしい生活でした。そして、土日はいつもパチスロに通っていました。その頃、同級生の田辺敏治さんからキリストのことを聞いて、明石キリスト教会に行ってみました。神のことばを聞いてすばらしい思い、聖書も買いました。けれども聖書を盗まれてしまい、教会に行くのをあきらめてやめてしまいました。23才から、また自分のことばかりの生活をし、神からはなれて私は勝手な生活をしていました。
去年の12月頃、妻がイエス様を信じるようになり、私は22才の時に聞いたイエス様のことを、いつも忘れないでいました。ボチボチ教会へ通う時、ちょうどその頃、私は仕事の関係で腰を悪くし、仕事を退職しました。家にいる時間がたくさんあるので、私はパチスロに毎日通っていましたが、むなしい気持ちでいっぱいでした。日曜日には、妻と一緒に教会に行き、みことばを聞いて神様のことがわかるようになり、兄姉の交わりをしていて、だんだん教会はいいなあ、と思うようになりました。イエス様が私の罪のために十字架にかかってくれ、3日目によみがえって、今も生きていることを信じます。聖書を読んで落ち着きが与えられます。このみことばのいう通りにしていきたいです。また、交わり会でくわしく神様のことを知るようにしていきたいです。
神様への思いで心はいっぱいで平安です。これからは、神様の前にへりくだり従っていきたいです。神様が私に健康と力を与えてくださり、仕事ができていることも、とてもうれしいです。毎日、神様に祈る時、とてもありがたい気持ちになります。また、賛美を歌っていると心がよろこびでいっぱいになります。
イエス様に感謝します。アーメン
去年の12月頃、妻がイエス様を信じるようになり、私は22才の時に聞いたイエス様のことを、いつも忘れないでいました。ボチボチ教会へ通う時、ちょうどその頃、私は仕事の関係で腰を悪くし、仕事を退職しました。家にいる時間がたくさんあるので、私はパチスロに毎日通っていましたが、むなしい気持ちでいっぱいでした。日曜日には、妻と一緒に教会に行き、みことばを聞いて神様のことがわかるようになり、兄姉の交わりをしていて、だんだん教会はいいなあ、と思うようになりました。イエス様が私の罪のために十字架にかかってくれ、3日目によみがえって、今も生きていることを信じます。聖書を読んで落ち着きが与えられます。このみことばのいう通りにしていきたいです。また、交わり会でくわしく神様のことを知るようにしていきたいです。
神様への思いで心はいっぱいで平安です。これからは、神様の前にへりくだり従っていきたいです。神様が私に健康と力を与えてくださり、仕事ができていることも、とてもうれしいです。毎日、神様に祈る時、とてもありがたい気持ちになります。また、賛美を歌っていると心がよろこびでいっぱいになります。
イエス様に感謝します。アーメン
イエス様に愛されている私 播磨 治子
私はいつも自分が頑張らなければと、頑張る生活を続けていました。しかし、頑張っているのに、何か先の事を考えると不安でいつも満たされないものを感じていました。
そのような生活をしている中で、妹が教会に導かれ救われたことがきっかけで、妹に勧められて教会に通うようになりました。初めは教会の雰囲気に馴染めず、続ける自信がありませんでしたが聖書の学びを受けてみたいと希望して、学びを受けることが出来ました。
その学びの中で、自分が罪人であること、イエス様が私のような者の為に十字架にかかり身代わりとなって下さったことを知りました。今までのすべての罪を悔い改め、イエス様を信じ救われました。
救われてからの私は、このような私でも神様は愛してくださる。また、愛されている存在であることを知りました。そして、今の生活は毎日感謝と平安で満たされています。世間の人の目を気にする事無く、神様を意識し、神様を喜ぶ生活をすることが出来ています。
神様を知らない人に、この喜びを知ってほしいと、いつも思っています。
そのような生活をしている中で、妹が教会に導かれ救われたことがきっかけで、妹に勧められて教会に通うようになりました。初めは教会の雰囲気に馴染めず、続ける自信がありませんでしたが聖書の学びを受けてみたいと希望して、学びを受けることが出来ました。
その学びの中で、自分が罪人であること、イエス様が私のような者の為に十字架にかかり身代わりとなって下さったことを知りました。今までのすべての罪を悔い改め、イエス様を信じ救われました。
救われてからの私は、このような私でも神様は愛してくださる。また、愛されている存在であることを知りました。そして、今の生活は毎日感謝と平安で満たされています。世間の人の目を気にする事無く、神様を意識し、神様を喜ぶ生活をすることが出来ています。
神様を知らない人に、この喜びを知ってほしいと、いつも思っています。
自分に勝つカギ 前編 山脇久治 (スタッフ)
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 第二コリント5:17
自分に勝てない自分
父は大酒飲みで家庭を顧みない人でした。小さい時からそのような父を見て育った私は、「決して父のようにはなりたくない!母を助け、妹に良くしてやりたい。」と考えていました。53年も前の事です。私は自分に敗北している人を見ると、「何と意志の弱い、愚かな人だ」と思っていました。ですから、私は仕事をするようになってからもタバコを吸わず、真面目に働いていました。また、自分は意志の強い人間だと誇っていました。職場でも、家の近所の人達からも、私は良い青年だと見られていたのです。
ところが・・・、私は会社の同僚に誘われて会社の部品を盗み出し、組み立て、それを売って金に換えるという恐ろしい罪を犯してしまったのです。またある日、私を喜ばせたいと願って母が作ってくれたぜんざいを、テーブルごとひっくり返してしまったこともあります。母は、涙を流しながら、黙って片づけをしていました。
この二つの出来事だけでなく、私は、母や妹を苦しめたのです。人の前では自分を良く見せ、家族に対してはまるっきり正反対だったのです。そして、自分に敗北し続ける度に悩み、悶える日々が続きました。
救いに与る
そのような日々を送る中で、妹がイエス・キリストを信じて救われました。今までとは全く変わってしまったのです。母のために、私のために、どんなに良くしてくれたか、今でも憶えています。わがままで勝手な私の要求にも、文句も言わずにするのです。近所の子どもたちを集めて主を伝え、よく世話をするようになったのです。
続いて母も主を信じて新生しました。苦労の多かった母は重荷下ろして、主をほめたたえる日々を送るようになりました。父に対する今までの怒り、憎しみをすべて赦したのです。どうしてそんなことが出来るのか、私には不思議なことでした。しかし、母と妹の大変化は私には関係がないと思っていました。教会の兄姉や母や妹は、頑固な私が救われるために切に祈ってくれたのです。
祈りに応えられる主は、一人のアメリカ人宣教師を遣わし、家の近くの広場で路傍伝道集会を開きました。私は、その集会を後ろの方で聞いていたのですが、「イエス・キリストを信じるなら、すべての罪は赦され、古いものは過ぎ去って新しくなれる」と言うのです。「この救い主イエスを信じませんか」と招き決心者を募ったのです。手を上げた私のために、宣教師は頭に手を置いて祈ってくれました。私の目から涙が流れていました。心がすべて洗われた喜びでいっぱいでした。父に対して抱いていた憎しみは消え、赦すことができました。母と妹に対しても、私のしてきたすべての言行を悔い改め、赦しを乞うことができました。イエス・キリストは私のすべての罪と赦し、罪の奴隷であった私を解放してくださいました。救い主イエス・キリストを信頼することが、「自分に勝つ」ことの第一であることを発見させていただいたのです。
パウロの葛藤を体験する
主を信じた私は、もうこれで自分は自分に負けることはないと思っていたのですが、実際には「自分がしたいと思う善を行わないで、かえってしたくない悪をおこなってしまう」(ローマ7:15)のです。祈ろうと願いながら祈れないのです。御言葉を読むことより、つまらない本を読んでいるのです。メッセージを聞くけれど、御言葉に従うことができないのです。かえって神に喜ばれない生活をしてしまうのです。絶えず自分の内からは、悪い考えが出てくるのです。ねたみ、そしり、高ぶりが自分を支配するのです。そればかりか、外からの誘惑にも簡単に負けてしまうのです。「ああ、私はダメだ・・・」と嘆く日々が続きました。「よし、頑張って打ち勝つぞ!」と力めば力むほど、できない自分に挫折するのです。ローマ7章15節から24節のパウロの葛藤を体験しました。
自分に勝つカギ 後編を読む
山脇久治師の紹介を読む
自分に勝てない自分
父は大酒飲みで家庭を顧みない人でした。小さい時からそのような父を見て育った私は、「決して父のようにはなりたくない!母を助け、妹に良くしてやりたい。」と考えていました。53年も前の事です。私は自分に敗北している人を見ると、「何と意志の弱い、愚かな人だ」と思っていました。ですから、私は仕事をするようになってからもタバコを吸わず、真面目に働いていました。また、自分は意志の強い人間だと誇っていました。職場でも、家の近所の人達からも、私は良い青年だと見られていたのです。
ところが・・・、私は会社の同僚に誘われて会社の部品を盗み出し、組み立て、それを売って金に換えるという恐ろしい罪を犯してしまったのです。またある日、私を喜ばせたいと願って母が作ってくれたぜんざいを、テーブルごとひっくり返してしまったこともあります。母は、涙を流しながら、黙って片づけをしていました。
この二つの出来事だけでなく、私は、母や妹を苦しめたのです。人の前では自分を良く見せ、家族に対してはまるっきり正反対だったのです。そして、自分に敗北し続ける度に悩み、悶える日々が続きました。
救いに与る
そのような日々を送る中で、妹がイエス・キリストを信じて救われました。今までとは全く変わってしまったのです。母のために、私のために、どんなに良くしてくれたか、今でも憶えています。わがままで勝手な私の要求にも、文句も言わずにするのです。近所の子どもたちを集めて主を伝え、よく世話をするようになったのです。
続いて母も主を信じて新生しました。苦労の多かった母は重荷下ろして、主をほめたたえる日々を送るようになりました。父に対する今までの怒り、憎しみをすべて赦したのです。どうしてそんなことが出来るのか、私には不思議なことでした。しかし、母と妹の大変化は私には関係がないと思っていました。教会の兄姉や母や妹は、頑固な私が救われるために切に祈ってくれたのです。
祈りに応えられる主は、一人のアメリカ人宣教師を遣わし、家の近くの広場で路傍伝道集会を開きました。私は、その集会を後ろの方で聞いていたのですが、「イエス・キリストを信じるなら、すべての罪は赦され、古いものは過ぎ去って新しくなれる」と言うのです。「この救い主イエスを信じませんか」と招き決心者を募ったのです。手を上げた私のために、宣教師は頭に手を置いて祈ってくれました。私の目から涙が流れていました。心がすべて洗われた喜びでいっぱいでした。父に対して抱いていた憎しみは消え、赦すことができました。母と妹に対しても、私のしてきたすべての言行を悔い改め、赦しを乞うことができました。イエス・キリストは私のすべての罪と赦し、罪の奴隷であった私を解放してくださいました。救い主イエス・キリストを信頼することが、「自分に勝つ」ことの第一であることを発見させていただいたのです。
パウロの葛藤を体験する
主を信じた私は、もうこれで自分は自分に負けることはないと思っていたのですが、実際には「自分がしたいと思う善を行わないで、かえってしたくない悪をおこなってしまう」(ローマ7:15)のです。祈ろうと願いながら祈れないのです。御言葉を読むことより、つまらない本を読んでいるのです。メッセージを聞くけれど、御言葉に従うことができないのです。かえって神に喜ばれない生活をしてしまうのです。絶えず自分の内からは、悪い考えが出てくるのです。ねたみ、そしり、高ぶりが自分を支配するのです。そればかりか、外からの誘惑にも簡単に負けてしまうのです。「ああ、私はダメだ・・・」と嘆く日々が続きました。「よし、頑張って打ち勝つぞ!」と力めば力むほど、できない自分に挫折するのです。ローマ7章15節から24節のパウロの葛藤を体験しました。
自分に勝つカギ 後編を読む
山脇久治師の紹介を読む
自分に勝つカギ 後編 山脇久治 (スタッフ)
前編がまだの方は前編から読まれるとわかりやすいと思います。
自分に勝つカギ 前編を読む
・自分に勝つ三つのカギ
あわれみ深い主は、常に「自分(生まれながら古い性質)に勝つ」ことのできるいくつかのカギを与えてくださいました。
その第一は、へりくだることです。主はパウロに「わたしの恵みはあなたに十分である。というのは、私の力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。また、「ですから、私はキリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」(第二コリント12:9)とパウロが言っていることの中に、私にも、「自分に勝つカギ」を主はくださっていることを知ったのです。弱いのに強いと思っている時に、自分に敗北していたのです。知性も感情も意思も弱く、欠けだらけの自分を常に覚えて、ひたすらキリストの力が私を覆っていだだける恵みに与る時、私もパウロと同じように「弱い時にこそ強い」と勝利者にしていただけたのです。これは、一日だけでなく、日々主の前にひれ伏して、この恵みに与ってきました。
第二は、御言葉によって生きることです。
「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による。」(マタイ4:4)40日、40夜の断食、まさに死を前にした空腹でした。主は、自らの弱さとサタンの誘惑に勝利されました。私が、自分に勝つことのできる第二のカギは、御言葉を食べ、御言葉によって強められて生きることです。朝のディボーションで御声を聞き、教えられ、励まされ、強められ、導かれています。朝は新約聖書を第二章通読、夜は旧約聖書を三章通読(聖書通読ノートに記入)し、暗唱聖句、聖書研究とほとんど御言葉づけの毎日です。御言葉によって生きる時、自分に打ち勝つ人となれるだけでなく、良い働きをすることができる者として整えられ、用いていただけることを体験しています。はじめからこのようにできたのでなく、長いクリスチャン生活の中で習慣づけられ、御言葉によって歩み、満たされ、導かれて生きることです。
「私は言います。御霊によって歩みなさい。」そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」(ガラテヤ5:16 新改訳)「御霊に満たされなさい。」(エペソ5:18 新改訳)
私は、毎日内におられ共におられる御霊を自覚し、認め、心から歓迎し、信頼します。挨拶し、ほめたたえます。御霊が私を全く支配されるように祈るのです。いつでも何かを語られるなら、みずから日々勝利するものであるだけでなく、御霊は御霊の実を結ばせて下さいます。神との関係の中で、愛、喜び、平安の実を。他者との関係の中で寛容、親切、善意能の実を。そして、自分に対して、誠実、柔和、自制に実を結ばせてくださいます。そして、私は自分に打ち勝つだけでなく、キリストに似た者と変えられ続けていきます。内におられ、共に歩み、助け、教え、導き、慰め、励ましてくださる御霊を心からほめたたえます。
山脇久治師の紹介を読む
自分に勝つカギ 前編を読む
・自分に勝つ三つのカギ
あわれみ深い主は、常に「自分(生まれながら古い性質)に勝つ」ことのできるいくつかのカギを与えてくださいました。
その第一は、へりくだることです。主はパウロに「わたしの恵みはあなたに十分である。というのは、私の力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。また、「ですから、私はキリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」(第二コリント12:9)とパウロが言っていることの中に、私にも、「自分に勝つカギ」を主はくださっていることを知ったのです。弱いのに強いと思っている時に、自分に敗北していたのです。知性も感情も意思も弱く、欠けだらけの自分を常に覚えて、ひたすらキリストの力が私を覆っていだだける恵みに与る時、私もパウロと同じように「弱い時にこそ強い」と勝利者にしていただけたのです。これは、一日だけでなく、日々主の前にひれ伏して、この恵みに与ってきました。
第二は、御言葉によって生きることです。
「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による。」(マタイ4:4)40日、40夜の断食、まさに死を前にした空腹でした。主は、自らの弱さとサタンの誘惑に勝利されました。私が、自分に勝つことのできる第二のカギは、御言葉を食べ、御言葉によって強められて生きることです。朝のディボーションで御声を聞き、教えられ、励まされ、強められ、導かれています。朝は新約聖書を第二章通読、夜は旧約聖書を三章通読(聖書通読ノートに記入)し、暗唱聖句、聖書研究とほとんど御言葉づけの毎日です。御言葉によって生きる時、自分に打ち勝つ人となれるだけでなく、良い働きをすることができる者として整えられ、用いていただけることを体験しています。はじめからこのようにできたのでなく、長いクリスチャン生活の中で習慣づけられ、御言葉によって歩み、満たされ、導かれて生きることです。
「私は言います。御霊によって歩みなさい。」そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」(ガラテヤ5:16 新改訳)「御霊に満たされなさい。」(エペソ5:18 新改訳)
私は、毎日内におられ共におられる御霊を自覚し、認め、心から歓迎し、信頼します。挨拶し、ほめたたえます。御霊が私を全く支配されるように祈るのです。いつでも何かを語られるなら、みずから日々勝利するものであるだけでなく、御霊は御霊の実を結ばせて下さいます。神との関係の中で、愛、喜び、平安の実を。他者との関係の中で寛容、親切、善意能の実を。そして、自分に対して、誠実、柔和、自制に実を結ばせてくださいます。そして、私は自分に打ち勝つだけでなく、キリストに似た者と変えられ続けていきます。内におられ、共に歩み、助け、教え、導き、慰め、励ましてくださる御霊を心からほめたたえます。
山脇久治師の紹介を読む
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